1991年(平成3年)昔なつかしい広告「京セラ U・S・O&あきほ」
今から約35年前のKYOCERA(京セラ)の広告です
イメージキャラクターは、現在北海道在住の方です。
その昔はボディコンにミニスカートで歌番組に出ていて、90年代に学園祭の女王として人気を博しました。
今もお綺麗な方ですが、お若い頃は完璧なスタイルでうらやましいなと思っていました。
そして、広告の家庭用固定電話機が懐かしいです。
キャッチフレーズは
「これからは、1部屋1台。
ファミリー留守電
コードレスは、京セラ。」
それではご覧ください!
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1991年(平成3年)
「京セラ U・S・O」

参考:1991年(平成3年)「京セラ U・S・O」の広告
1991年(平成3年)「京セラ U・S・O」の広告について一言
イメージキャラクターは千堂あきほさんです。
当時20代でした。

参考:1991年(平成3年)「京セラ U・S・O」の広告
歌手として活動、ラジオ、バラエティ番組、「東京ラブストーリー、振り返れば奴がいる」等のテレビドラマにも出演。
「シースルー」という曲は今でも覚えています。
2011年2月末に北海道に移住してからは、札幌市を拠点としてお仕事等をしているようです。
北海道の情報番組のコメンテーターとして出演しているのを、テレビで観ていたのですが、飾らないさっぱりとした気さくな感じの方でした!
ボディコンにミニスカート、都会のイメージがあったので意外でしたがとても親近感がわきました。
お値段が高すぎる!

参考:1991年(平成3年)「京セラ U・S・O」の広告
当時の「京セラ U・S・O」は衝撃の99、000円でした。(消費税別)
消費税を入れると10万円超えています。(1991年は消費税が税率3%)
親機、子機2台の他に、子機2台をオプション(別料金)でつける事ができました。
1990年代は、実家も「京セラ U・S・O」に似たような電話機でした
実家は確かケンウッドで、京セラの広告と同じダークグレーでした。
その昔(昭和時代)は、レトロなダイヤル式の電話機を当たり前のように使っていたので、親機と子機に分かれていて子機がコードレスになり、おしゃれで便利になったものだと感心していました。
しかもプッシュフォン、保留音、留守電付き!
ダイヤル式の電話機には当然留守電も、保留音もなかったので、すごい時代になった!と思いました。
固定電話は、家族みんながいるリビングに設置されている事が多かったので、友達からの電話が来ると何となく気恥ずかしい気持ちにもなりました。
ダイヤル式の電話は、家族がいるリビングで話をしなければなりませんでしたが、コードレス電話はそのまま自分の部屋で話ができたのでストレスが無く画期的でした!
↓昭和の時代に活躍したダイヤル式電話

まとめ
現在は携帯電話が当たり前!
1991年の広告では、1部屋1台となっていましたが、今では電話1人1台の時代と言われ、固定電話の契約数は年々減少しています。
うちでも、家族全員携帯電話を持っていますが、未だに固定電話も使っています。
やっぱり昔の人間なので「固定電話の方が電話をかけやすい、電話が鳴ったら受け取りやすい、受話器があるので長時間話しやすい」と思っています。
ただ、この固定電話は実家からかセールスの電話しかもう来なくなってしまったので、やはり固定電話じまいをいつするのか考えています。
本当に便利になった携帯電話ですが、固定電話も使いやすくて無くなると寂しい気持ちになります。
懐かしい昔の広告は続きます。
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